新しい記事を書く事で広告が消せます。
終わってみれば、特に永作博美は、“観た者”の「心から消え去ることのない(だろう)」顔姿を残す(永作博美を良いと感じたことのある人は必見)。そして、この展開自体が、主題とも関係している。最も近接する作品は『あした』(1995)だろうか。重なる役者も目立つ(高橋かおり、宝生舞、村田雄浩…。また、『あした』で原田知世が担っていた役割を、ここでは原田夏希(くらむぼん/宮澤とし子)が受け継いでいる)。市川森一の脚本であり、意識的に『異人たちとの夏』(1988)からの影響も持たされている。しかし、あの映画の名取裕子(藤野桂)とは違い、黄泉とのはざまをさ迷う者たちがこちらの者を誘うことはなく、とし子もそうなることを拒む(原作・脚本からの改定部分だという)。
大林映画の刻印をばらまきつつ、しかし、決定的に異なる地平が現れる。海辺での大団円に至った後、「先に逝く者たち」にサヨナラを言い続けてきた過去の作品群とは真逆の志向を持ち、この映画は閉じられる(終わりと共に“出発”を告げる)。ある意味、楽天的ではある。しかし、これは死(存在の消滅)を描き続けてきた作家が70歳にして到達した楽天性なのである。新『転校生(-さよなら あなた-)』(2007)をメビウスの輪のねじれ部分として、大林映画は、商業デビュー『ハウス』(1977)の頃の精神に還り、さらに“前進”している。花火のほとんど現れない送り火のシーンを観て、急に福永武彦を読み返したくなった。何としても、『草の花』の映画化を実現してほしい。何としても。
[2008-11-27 横浜シネマリン]
・過去BLOG“大林宣彦作品ランキング(07-01-31改訂版)”
・その日のまえに
・その日のまえに@映画生活

